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08.鳥居本宿〜番場宿

その2  彦根市山中町〜番場宿


山の中に、立派なお寺が!!


2007.4.7.(土)  天気 : 曇り後雨

「名神高速道路」を右手に見ながら進む。元々は高速道路上に「中山道」があったらしいが、現在は、この側道を歩くしかない。
そして少し歩くと左手に小さな祠があり、脇に「泰平水」と書かれた水飲み場があった。残念ながら今は流れ落ちていないが、水受けの中には残っているので、雨が降った時などには流れているのだろう。

側道は高速道路にピッタリとくっつき、フェンス越しに「米原トンネル」が見えた。この高速は、たまに使うが、これからは通る度、ここを歩いた事を思い出すだろう。

さて、トンネルまで来ると道は、その上を通るルートになっていた。おそらくこれが元からある「中山道」だろう。そして先程から続いていた上り坂が終わった。「小摺針峠」と呼ばれたいた所だ。

この峠付近で「米原市」へと入り、街道は再び高速道路の左側へと追いやられる。そして下り坂をドンドン進んで行く。下り切った所には、「中山道 番場」と書かれた新しい石碑があり、ポケットパークの様に石のイスが二つ置かれていた。しかし周りには、倉庫らしき建物だけで、人家が無いようだが・・・

石碑から800m程歩くと家並みがやっと見えて来た。ここから少し左に曲がり、街道の両側に家が建ち並ぶ。それと同時に、少しずつ高速道路と離れていった。
街道左手にある「本授寺」や「称揚寺」の前を通り過ぎ、「西番場公民館」を過ぎると、右手にこれも新しい「中山道 西番場」の石標があった。そして、「古代 東山道 江州番場駅」とも書かれていた。「西番場」は、「東山道」時代の「番場宿」らしい。

途中、高速道路の後ろに見える山の上にあったという「鎌刃城」の案内板を見ながら街道を進む。しかし、イヤな雨がまた降ってきた。
しばらく歩くと蓮華寺の入口が右手にあった。高速道路の下を潜った先にある様だが、ここからは見えない。歩いてきた疲れと憂鬱な雨、そして見えないので、とても遠くに有りそうな感じがするお寺・・・素通りしようかと一瞬思ったが、ここは是非寄りたいと思っていた所なので、気力を振り絞り右へと進路を取った。

足取り重く歩いて行くとビックリ!とても立派な勅使門が姿を現した。先程居た「蓮華寺」の入口からは、山しか見えなかったのでとても信じられない感じだ。来てよかった!
寺伝によれば聖徳太子の建立でもと法隆寺と称したが、鎌倉時代一向上人が土地の豪族土肥元頼の帰依を受けて再興し時宗一向派の本山となり、幾多の変遷を経て現在では浄土宗となっている。
暗かったがお寺の中を見学させてもらい、トイレもお借りして少し落ち着いた。

外に出て辺りを歩いてみると、鎌刃城主であった「土肥三郎元頼公」の墓がポツンと無造作にあった。説明板には「重要文化財」と書かれていた。

そして境内を探し回ると、数多くの五輪塔立ち並ぶ場所に着いた。北条仲時以下432名墓所である。
足利尊氏に攻められ六波羅探題北条仲時は鎌倉へと逃げるため番場宿まで来たが佐々木京極道誉らに行く手を阻まれ奮戦むなしく元弘3年5月9日(1333)この寺で自刃した。燐悶の情をさそわれた当時の住僧同阿はこれを丁重に葬り、法名を授けその姓名を陸波羅南北過去帳で蓮花寺過去帳として書き残したが、これが現在重要文化財としてこの寺に伝わっている。
そう言えば、「勅使門」の横に、「血の川」と書かれた説明書きが建っていた。
本堂前庭にて四百三十余名自刃す。鮮血滴り流れて川の如し。故に「血の川」と称す。
とあったので、相当凄まじかったのであろう。

もう一つここで見てみたいのがあった。再び探し回り、見つけることが出来た。忠太郎地蔵尊である。「番場の忠太郎」は長谷川伸が書いた作り話なのだが、お地蔵さんまで建てられているとはビックリ!私も詳しくは知らないのだが、確か「新国劇」で上演された「瞼の母」と言う劇だと記憶している。小さい時に別れた「忠太郎」が母を捜すという話だ。

16時になった。急いで街道に戻り先へと歩き始めた。少し歩くと左手に明治天皇番場御小休所の大きな石柱が民家の前にあった。ここは、脇本陣だったらしいが、それを記すものは、近くに何も掲げられていなかった。同じく「本陣」の形跡も、何も無いので分からず仕舞いに終わった。

すぐ先の県道240号線との交差点左手には、米原汽車汽船道と書かれた明治時代の道標が建っていた。指で方向を示したユニークな道標だ。当時の米原は、まだ湖岸にあった様で、このような道標となっているらしい。

県道を越えるとすぐポケットパークがあり、中山道 番場宿の碑があった。江戸時代は、この交差点付近が番場宿の中心だったらしいが、今は静かな田舎町だ。
時刻は16時08分になった。この季節日の入りまでは、まだ2時間ほどあるものの、雨空で薄暗い感じだ。今日は「醒井宿」まで歩く予定だが、まだ一里ある。不安を抱きながら、雨水が入ってきた靴を引きずり、先へと進んだ・・・


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