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10.醒井宿〜柏原宿

その2  米原市一色〜米原市柏原


危うく感電 !?


2007.4.8.(日)  天気 : 快晴後曇り

国道の裏道に入ると、すぐ「梓河内」と言う地区に変わる。車1台、いや人1人も歩いていない、とても静かな道だ。少し歩くと松並木が見えて来た。昔から残っている松なのだろうか。街道らしくなってきて有り難い。
そう言えば、この辺りは「東山道横川駅」があった場所らしい。「古代東山道」の時代は、にぎわいがあったのかも知れない。

松並木の先には、桜並木があった。ちょうど満開の時期だったので、「梓川」に架かる小さな橋の上からパチリ!今日は天気が良く、昨日のイヤな気分を帳消しに出来た。

裏道に入ってから900m近く歩くと、「梓川」を渡る。ここで右に「国道21号線」、そしてその横に「名神高速道路」が見え、新旧3つの重要道路がそろい踏みとなった。

その後「黒谷遺跡」の石柱があったハズなのだが、残念ながら気づかずに素通りしてしまった。
上り坂となり歩いて行くと、石仏達が小さな祠にギュウギュウ詰めに並んでいた。

少し先にも、また同様の祠が・・・どうしてこんなに沢山有るのか分からないが、高速道路を工事した時にでも出てきたのだろうか。

上り坂を歩いて行くと、山が迫って来た。先程の橋を渡ってから約350m、資料に依ると、この辺りから山の中へ入る細い道が待ち受けている。不安になりながらふと左を見ると、その道が見えた。紅白のポールのすぐ横だ。

この写真だとよく分かると思うが、道の無い山へ入って行く様に錯覚する。知らない土地の山に入って無事迷わず歩けるのか、一段と心配になってきた。

いざ入って見ると、以外と車が通った跡があり、一安心。しかしワダチが昨日の雨でドロドロにぬかるんでいる。
ふと妻を見ると、いつの間にか拾った木の枝を杖代わりに、平然と歩いていた・・・

途中右の方に運送会社の倉庫らしき建物が見える。持ってきた地図に載っているので、少なからずとも歩いている方向は合っている様だ。
すると左に石柱が2つ見えてきた。まず館跡 小黒谷遺跡、そして数メートル先に寺院跡 十善寺遺跡と書かれている。これで手持ちの地図と完全に合致した!この道で間違いないと確信すると、緊張と不安が一気に解消した。

そして歩く方向を見ると、人家や舗装された道路も見えてきた。これで今日最大の難関を無事突破する事が出来たのであった。

舗装道路と合流した所を振り返ると、小川(こかわ)関跡の石柱が建っていた。昔、関所があった様だが、横にある説明看板の文字が消えてしまって何が書かれているのか分からなかった。
ちなみに先程通ってきた山道は、「小川坂」と呼ばれていたらしい。

ドロドロになった靴でアスファルトの道を200m進む。街道は左にカーブしているが、右へと別れる道の脇に、少し埋もれた道標が見えた。「従是明星山薬師寺」書かれている様だが、江戸時代に賑わっていたお寺への道らしい。

130m程進むと、右には田圃が広がっている。そして街道左側は杉林が続いているが、杉と街道の間に小振りだが街路樹の様に松の木が植えてあった。文字が消えかかった木製の看板には、「街道並び松」と記され、中山道街道制定400年記念として植えたものらしい。


450m程歩いて行くと、左手に「北畠具行卿墓」の看板が目立って建っていた。そう言えば「北畠氏」と言えば、昔私が始めて見たNHKの大河ドラマ「太平記」で聞いた名前だ。どんな方だったがもう忘れてしまったが、「後醍醐天皇」を守ったが、捕らえられ殺されてしまった方らしい。興味があったので寄り道してみることにした。
街道から離れ山の中へと入って行った。獣道の様な道の右側には、黄色い凧糸状の線が数本張られた柵が続いてるのが気になる。どんどん進むとその柵は、道を塞いで左へと回り込んでいた。扉状にはなっていたが、獣よけに電流を流している様で、怖くて触れない。仕方なく元来た道を戻る事にした。とても残念だ。


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